当科の手術方針と特徴

 自分にしてもらいたいように患者さんを診療する、が総合医療センター心臓血管外科の診療の原点であり、手術においては一言で言えば安全さと堅実さが最重視点です。 個々の疾患とそれらに対する私たちの手術方針と特徴を概説します。

 近年、2つの疾患の手術を同時に 受ける患者さんは当院では3人に1人程度と全く稀でなく、3つあるいはそれ以上という患者さんも時々おられます。

1.狭心症・心筋梗塞
 

 心臓を栄養する「冠動脈」の狭窄や閉塞による疾患です。
従来は人工心肺を使用して心停止下に手術が行われましたが、冠動脈の末梢は心臓の表面にあることが多く、この血管に対する手術のみであれば必ずしも心臓を停止させる必要はないため、人工心肺を使用せずに行う「心拍動下冠動脈バイパス手術(図1)」が、特に日本では急速に広まっています。 この背景には従来の方法の成績が悪かったことがあり、心拍動下バイパス手術にも実際は利点も欠点もあります。日本全体では心拍動下手術が人工心肺下手術と同じかやや多い、という現状ですが、近年、すぐれているはずの心拍動下手術の成績がむしろ悪いことが問題になっています。

 当院でも心拍動下バイパス手術もしばしば行っていますが、当院の従来の方法での成績も良好でしたので、あまり無理をせず、患者さんの状況を最重視して人工心肺下手術も頻繁に行っています。

 また、心筋梗塞急性期の手術の成績が不良なため、急性期の手術を過度に避けることで益々患者さんの救命率が低下する、という残念な状況が広くあります。我々は早くから、必要な患者さんについては心筋梗塞急性期の手術にも積極的に取り組み、満足すべき成績を得て参りました。 致死率の高い心筋梗塞合併症である心室中隔穿孔の手術経験(図2)も豊富で、また、例えば大動脈の緊急手術の最中に、臨機応変に冠動脈バイパスを行う(図3)ことにも非常に積極的であると自負しております。

 
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心拍動下冠動脈バイパス手術(図1)
心拍動下冠動脈
バイパス手術(図1)
心室中隔穿孔の手術(図2)
心室中隔穿孔の手術(図2)
(図3)
(図3)
2.心臓弁膜症
 

 従来は、心臓弁膜症に対する手術はほぼ全例が人工弁置換でした。
当センターは透析患者さんなどの複雑なケースも含めた人工弁置換の経験も豊富ですが、昨今、非常に増えている僧帽弁閉鎖不全症に対しては、人工弁置換と比べて利点が多い、自己弁を温存する弁形成(修復)手術(図4)を積極的に行っております。
僧帽弁閉鎖不全にも様々な原因や病状がありますが、このところ、ほぼ全例で自己弁温存が可能でした。
極端に心機能が低下した困難なケースでは、人工心肺を使用し、心臓を切開するけれども心拍動は維持して手術する、特殊な工夫をすることもあ ります。

 大動脈弁の弁膜症(特に狭窄症)も増えていますが、大動脈弁の弁形成術は、適応となる患者さんも実施施設も限られており、稀な特殊型を除いては成績も不良で、現時点では人工弁置換が標準的な治療方法です。
人工弁には大きく機械弁(図5)と生体弁(図6)の2種類があります。
当センターではそれぞれの長所短所を踏まえて、患者さんの年齢や病状に応じて使い分けています。

 また、感染性心内膜炎の手術は特に経験が豊富です。 重症感染例に対する凍結保存同種組織(ホモグラフト)(図7)を用いた手術を、早くから東京大学組織バンクの支援・連携のもと導入し、重症例をも多く救命して参りました。
最近ではステントレス生体弁を用いた大動脈 基部置換術による救命例も、何例か経験しております。

弁形成(修復)手術(図4)
弁形成(修復)手術(図4)
機械弁(図5)
機械弁(図5)
生体弁(図6)
生体弁(図6)
凍結保存同種組織(ホモグラフト)(図7)
凍結保存同種組織
(ホモグラフト)(図7)
 
3.大動脈疾患
 

 大動脈瘤や急性大動脈解離といった疾患に対し、人工血管置換(図8,9) を行います。胸部大動脈の手術はしばしば、脳や脊髄などの中枢神経や、腎臓などの重要な臓器を保護しつつ行う必要があり、経験の蓄積や患者さんの病状にマッチした工夫がとても重要です。
大動脈疾患は緊急手術や複雑な手術が多いうえに、患者さんは高齢だったり、動脈硬化が高度で重い合併症を持つ方も稀ではありませんが、原則としてすべて受けいれております。
当科では特に脳の保護、例えば頸動脈から脳を直接保護する(図10)など の独自の工夫も場合によっては積極的に行い、緊急手術においても的確に対処することで合併症を極力減らす努力を続けています。

 当院はステント付き人工血管使用手術の施設認定を受けており、患者さんの病状によってステントを組み合わせて治療することもあります。大動脈疾患の手術は「個々の患者さんにとって堅実で最も望ましい治療」を追求する余地が大いにある分野であり、豊富な経験をもとに、破裂や心肺停止に近い極端な重症例、或いは80代後半の患者さんなども、しばしば救命してまいりました。大きく切開しない、経カテーテル的ステントグラフト治療も行っています。

人工血管置換(図8,9)
人工血管置換(図8,9)
脳の保護(図10)
脳の保護(図10)
4.先天性心疾患
 

 当センターは母子医療基幹施設に指定されており、新生児集中治療室(NICU)が特に充実してい ます。
その関係で、乳幼児の心臓手術は極小未熟児の動脈管開存症の手術が中心です。
最も小さいお子さんでは、体重300グラム台の方の手術も行いました。 成人期に入った先天性心疾患は、他疾患同様に原則としてすべて受け入れます。病状によっては、緊密に連携している日高市の埼玉医科大学国際医療センターの小児心臓外科と合同で手術を行うか、 同センター小児心臓外科を御紹介します。なお当院では現時点では、心房中隔欠損に対するカテーテル治療は行っていません。

5.心臓腫瘍、不整脈、その他
 

 心臓腫瘍は稀な病気であり、多くは粘液腫という病理学的には良性の腫瘍(図11)ですが、主として脳梗塞の原因になる(脳梗塞を発病してから心臓腫瘍が判明することもあります)ため、手術で切除します。
近年、不整脈で手術対象になるのは心房細動です。上述の疾患に心房細動が合併している場合、Maze手術という電気的刺激の伝達路を調整する手術を併せ行うことがあります。しかし、特に何年も心房細動だった場合や左心房の拡大が著しい場合など、手術の奏功率が低いばかりか却って有害なケースもあるので、患者さんの状況に応じて検討します。

粘液腫(図11)
粘液腫(図11)